靴下 2
その日、男はまた同じミスを連発して怒られた。その鬱憤を晴らすようにまた男は酒を飲んで、今日も千鳥足で終電で帰る。
目的の駅を降りると男はタクシーは使わず、また歩いてる。100Mほど進んで途中で振り返りタクシー代をケチったことを後悔しながらフラフラと家路についた。
家に着くなり男はネクタイを緩めながら、冷蔵庫を開けっ放しにしながらミネラルウォーターをゴクゴクとラッパ飲みする。
そしてペットボトルを返すときに、男は冷蔵庫に違和感を感じる。
「え・・・靴下?」
その靴下を手に取ると一枚のメモ用紙が足元に落ちた。男はそのメモ用紙を拾い目を通す。
『今日は寒いですからね。靴下プレゼントしますよ。』
男は首を傾げ、そのメモ用紙と穴の開いた靴下をゴミ箱に捨て、フラフラとお風呂に向かった。
その次の日の夜も酔っ払って家に帰り、水を飲もうと冷蔵庫の前に行くと、今度は冷蔵庫のドアの前に穴の開いた靴下が落ちていて、ドアにメモ用紙が3枚貼り付けられており、どれも同じく、
『今日は寒いですからね。靴下プレゼントしますよ。』
と、書いてあるが男は「昨日はだいぶ酔ってたからなぁ。」と独り言を言いメモ用紙と穴の空いた靴下をゴミ箱に捨てた。
次の日の夜には冷蔵庫に10枚、昨日と同じメモ用紙が貼り付けられ、穴の空いた靴下は冷蔵庫の前に5足、そして全部の靴下に血がついていた。
男は、「まあ、そういう日もあるわなぁ。」と言いながらフラフラとお風呂に向かった。
次の日の夜は、同じ理由で酔っ払って帰った男の家の玄関のドアに、人体模型が足を伸ばした状態で寄りかかっており、片足には破れた靴下が履かされていた。
「うわあぁぁぁ!」
と、一瞬驚いたものの、
「誰や!こんなタチの悪い悪戯しくさりやがって。」
と言い、人体模型の顔面を靴の側面で払うように、蹴飛ばした。人体模型は吹っ飛び、くの字に折れ曲がった。しかも、その衝撃で頭の留め金が緩み、模型の脳味噌がゴロンと飛び出た。
自宅のドアが壊れるんじゃないかと思うほどガシャンと閉め、あたりは静寂となった。
・・・人体模型の目から一筋の涙がこぼれた。
人体模型はゆっくり立ち上がり、落ちた脳味噌を拾い頭の中に放り込んだ。そして寒い夜の暗闇へと歩く。涙声で独り言を呟きながら。
「これで絶対怖がるはずなのに、なんなんだよあの人間は。こんなに恐ろしいまでに記憶力の悪い人間は初めてみたよ!だから会社でも毎回同じミスするし、帰り道、タクシーに乗らないこと毎回後悔するし、穴の空いた靴下にもメモ用紙にも気づかないし。あのバカ、そもそも前の日の事、まるで覚えてないし!ってか、俺の提供する恐怖は記憶力ありきなんだよ!記憶力ありきで初めて成り立つんだよっ!いい社会人なんだからメモぐらいとれよ!クソが!」
・・・全部、野良猫くんのためだった。復讐だった。
廃校になった理科室で、何年も何年もひとりぼっちだった僕に唯一、話かけてくれたのは、あの野良猫くんだったんだ。あのバカは野良猫くんを蹴ったんだ。許せなかった。
真夜中、人通りの全くない田舎道。トボトボと家に帰る人体模型の前を、大きめの野良猫がゆっくり歩く。
「野良猫さん・・・。」
人体模型は再び泣いた。なぜかわからないけど、こみ上げてくる感情を抑えることができなかった。
それをみて野良猫は人体模型を、嘲笑うかのように低い声で「なー」と鳴いた。
人体模型はその猫の横っ腹を思いっきり蹴った。「グゥバッ」と悲鳴に近いような声を出し猫は宙を舞ったが、着地するやいなや逃げるように猫は走り去った。
こうして人体模型は、またひとりぼっちになった。
ふと気づくと、右足の靴下の穴からは親指が飛び出していた。
終。